徳島地方裁判所 昭和25年(行)38号 判決
原告 坂東一男
被告 多家良村選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告が昭和二十五年十二月十五日多家良村議会解散ならびに村長解職請求署名簿の効力を無効とした決定、および昭和二十五年十二月二十三日原告の異議申立を棄却した決定は何れも之を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。
原告は徳島縣勝浦郡多家良村長の解職並びに同村議会の解散の直接請求をなすべくその請求代表者となり被告の代表者証明書を得て同村選挙民の署名および印を求め、法定期間内に法定数以上の署名を得たので之が署名簿を被告に提出した。原告は右署名收集にあたり二個の請求者の署名簿を同一簿冊を以てし一の署名を以て右二個の請求を兼ねしめたのであるが之が爲署名の効力には何らの影響ある筈はなく、被告も亦二個の請求に対し一の請求代表者証明書を交付している次第である。しかるに被告は昭和二十五年十二月十五日右のように原告が別個の署名簿によらなかつたことを理由に簿冊全部を無効とする旨の決定をした。そこで原告は同年十二月十八日さらに右決定に対し異議の申立をしたところ被告は同月二十三日右異議申立棄却の決定をした。よつて右決定は何れも前記の様に違法であるから之が取消を求める爲本訴請求に及んだものであると述べた。
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として以下の通り述べた。原告主張の事実中法定数以上の署名が集つた点は知らない。その余の事実は総て認める。しかし解散解職の直接請求の如きは事重大であるから嚴格な形式を履践することを要求されて居り地方自治法施行令第百十一條、第百十六條ノ二同法施行規則第九條乃至第十二條等に徴すれば村長の解職請求と村議会の解散請求の各署名簿は別に之を調整せねばならないこと明白である。したがつて被告の決定は正当であると述べた。
三、理 由
原告が徳島縣勝浦郡多家良村長の解職並に同村議会の解散の直接請求の代表者となり、被告より代表者証明書を得て同村の有権者の署名並に印を求め、法定期間内に署名簿を被告に提出し署名の審査を求めたこと、原告は右両個の請求者署名簿を各別にせず同一の簿冊を以て、即ち一の署名を以て二個の請求者の署名として扱つたこと、被告は右別個の簿冊によらなかつたことを理由として昭和二十五年十二月十五日署名全部を無効とする旨の決定をしたこと、原告は右決定に対し同年十二月十八日異議の申立をし、被告は同月二十三日さらに右異議申立棄却の決定をしたことは何れも当事者間に爭がない。按ずるに地方自治法により新らしく採用された直接請求の制度は請求代表者の発議に始まり解職又は解散の投票等に至るまで技術的集団的な合同行爲を中心として進展するものであるから、その手続が特に嚴格に遵守されることは運営の適切を期する上に不可欠の要件であるとゝもに、更に手続を劃一明瞭ならしめることは直接請求に対する有権者各自の判断の公正を計り手続に関する紛議を防止する所以でもある。地方自治法は数種の直接請求の制度を採用しその手続は略同一であるが夫々詳細にこれを規定しその手続の中核をなす請求者の署名については同法第七十四條の三第一項において成規の手続によらない署名は無効なる旨を規定している。しかし同種又は異種の二個以上の直接請求を同一の請求代表者が同一の署名簿を以て署名を收集することの可否についてはわずかに同法施行令第百十一條第二項が議会の議員の解職の直接請求について之を否定する外何ら言及するところがない。たゞ仔細に檢討すると手続上の差異よりして到底同一の署名簿を以て署名を收集することは許されないものがある。例えば條例の制定又は改廃の直接請求と解散又は解職の直接請求の如く又議員の解職と首長の解職の直接請求の如きが之である。即ち前者の場合はその連署者の法定数を著しく異にする許りでなく、請求後の手続も又全く異り、後者の場合は議員の解職請求を爲し得る者は首長のそれに比し選挙区の二以上に分れる公共団体では地域的に制約を受ける結果同一署名簿によるときは違法な結果を招來することがあるのは明白である。しかるに本件議会の解散と首長の解職の直接請求はその要件手続も終始全く同一であるから同一の署名簿によるも不可ない如くであるが前述地方自治法施行令第百十一條第二項は同一手続であつて、しかも同種の議員解職の直接請求についても同一署名簿によることを禁じているのはさらに実質的な理由に基くものと解さねばならない。即ち同條は手続の同一の故を以て数人の議員を一の署名簿により署名を收集することは請求代表者には便宜であるが、実際上解職請求の理由は各議員にとつて区々であり得るし、之を同一署名簿によるときは冒頭説示のように手続の劃一性を害し有権者の判断の適正を失わしめる虞があり、後に至り署名の取消その他署名の効力に関する異議等の問題を続発せしめ、延いては手続の遷延を來し地方自治を混乱せしめる危險なきを保し難い。これ右法條が同種同一手続の議員の解職の直接請求に付ても各別の署名簿を調整することを要求した所以である。本件事案も以上の様な観点から考えると本件直接請求の対象は首長たる村長の解職と議会の解散であつて前記法條に規定する場合に比し両者は機関としての地位性質を異にし、その解職又は解散の地方自治における意義も甚しく異るところであるから、前叙議員の解職に同一署名簿を以てすることを禁ずるより更に一層之を禁止する理由があるといわねばならない。かように考えると前記法條が特に議員の解職の場合のみに付て規定する趣旨も他の場合は之を許す趣旨ではなく、むしろ一見同一の署名簿を以てするの簡便妥当とも見える議員解職の直接請求についてさえ之を禁じ他の場合は当然として言及しなかつたものと解するのが相当である。原告は被告が請求代表者の証明書を両個の請求につき一通を交付し署名簿を同一にすることを是認していた趣旨の主張をするけれども、署名の有効無効は被告の見解如何に拘らず法律上の問題であるから、被告の取扱が仮に原告主張の通りであつたとしても以上の結論を左右するに足らない。しかして一の署名簿によることを禁ずる趣旨が前説明の通りとすれば之を遵守しない原告の本件署名收集手続は手続の重要な瑕疵であり、請求者の署名は総て無効と判断せざるを得ない。されば右と同趣旨に出た被告の決定は何れも相当で原告の請求は理由がないから之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 今谷健一 合田得太郎 三木光一)